カネキヨ食品 商品カタログ
6/24

新田 長次郎(1857~1936)  松山市山西で生まれる。成人して大阪で皮革業を営む工場で製革技術を習得し、その後独立、製革所を創業する。安価で高品質な製品は多くの信頼を得て事業は順調に伸びる。特に苦心と工夫を重ねた工業用ベルトは、初の国内生産に成功する。 実業家だけでなく、一方では教育に情熱を注ぎ、貧しい人、子供達のため、私立の小学校を設立したり、現、松山大学の創立にも尽力した。松山大学の同窓会は長次郎が号する「温山」から、「温山会」と呼ばれている。安政3年~昭和11年新田長次郎現在の松山大学宇和島市美馬支所前の像三間町公民館横の石碑 宇和島市三間の農家の次男として生まれる。成人の後、三間町で除草機の販売を始める。5年後には井関農具製作所として、除草機の製造を開始する。 その後松山に工場を移転、籾すり機の戦後の農業の機械化に乗じ、耕運機、コンバイン、トラクター、田植機と次々に開発、日本を代表する総合農機具メーカーに育て上げる。 また松山商工会議所会頭愛媛県工業クラブ会長等、愛媛県の経済界を担ってきた。その他に萬翠荘での菊花展、バラ展の開催や囲碁を普及させたことも有名。 明治32年~昭和45年にったちょうじろう井関 邦三郎(1899~1970) いせきくにさぶろう愛媛の著名人

元のページ  ../index.html#6

このブックを見る