カネキヨ食品 商品カタログ
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種田 山頭火(1882~1940)  今の山口県防府市の大地主の長男として生まれる。10代の頃から文学に親しみ、31歳の時 当時新しい文学として躍動を始めていた自由律俳句に傾倒する。身辺においては家の没落など、度重なる不幸に。44歳で出家、自分の生き方を求め、全国を歩き巡りその放浪生活に「漂泊の俳人」と呼ばれる。 松山へやってきた山頭火は御幸寺境内の「一草庵」で句友の結成した「柿の会」で句会を開きまた、その俳句人生の集大成ともいえる句集「草木塔」を発刊する。同年、一草庵での句会の後、脳溢血と心臓麻痺で亡くなる。明治15年~昭和15年松山市道後宝厳寺 鎌倉時代の僧で時宗の開祖とされている。10歳で仏門に入り、その後大宰府の聖達上人に入門。善光寺の二河白道図に悟りを見出し、松山の窪寺、久万高原町の岩屋寺で修業を重ねる。 念仏を唱える一念によって往生し、他力により成仏できるとする「十一不二頌」を感得。念仏を唱えながら踊る、踊念仏を始め各地で布教を続ける。 しかし、長年の遊行により病を患い、明石の地で亡くなる。鎌倉時代たねださんとうか一遍(1239~1289) いっぺん愛媛の著名人一遍上人の像

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